クロガネ・ジェネシス

第34話 裸の暴君
第35話 答え無き問い
第36話 亜人の衝動
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第ニ章 アルテノス蹂 躙じゅうりん

第35話

答え無き問い





 零児は死体となったダリアを見つめていた。

 幾度と無く自分に問いかける。こんな結果にならないようにダリアを倒す方法は本当に無かったのかと。そして、殺す必要が本当にあったのかと。

 その背中があまりにつらそうだったが故に、アーネスカもアマロリットも声をかけられずにいた。

 しかし同時に、彼女達は何も間違ってはいないと思った。

 ダリアはあまりにも凶悪だった。アマロリットから見ても、アーネスカから見ても力は強大かつ残忍。

 彼のようなタイプの亜人は生かしておくべきではない。なぜなら更正を望めないから。

 力が強大な亜人というのは、強いが故にプライドが高い。そういうタイプの亜人をアマロリットは今まで見てきたが、更正に導くことが出来たのはほとんどいなかった。

 単体ではバゼルやギンすら上回る力を持った亜人を言葉で諭すことは不可能に近い。人間の魔術を使っての拘束ですら打ち破る可能性もある。

 人間の手によって拘束することも出来ず、更正が望めず、幾度と無く人間に刃を振るう可能性を持った亜人。

 そのような亜人は生かしておけば、必ず人間に対して脅威となる。

 そんな亜人を確実に止めるためには、命を奪うという方法を取らざるを得ないのだ。

 だから、アーネスカがダリアの命を奪ったのは、人間を守るという一点においては正しい。

 もっとも、零児は納得していないようではあるが。

「なあ、アーネスカ……」

 呆然としていた零児がポツリと呟いた。

「なに?」

 アーネスカは毅然とした表情を崩さない。

「殺す必要……あったのか?」

「少なくとも……人間を守るという意味においてはあったわ」

「……」

 零児は沈黙した。

 その意味は零児も理解している。しかし、本当に他の方法がなかったのかと考え始めると疑問がどうしても出てくる。

「零児……」

 今度はアマロリットが零児に声をかけた。

「人間と亜人……その両方が生きていける町を作るためには、時として命を奪うことも必要になってくるわ。どうしてもね」

「どうして……なんですか?」

「貴族にはそれぞれ定められた領地が存在する。だけど、このアルテノス中に、亜人の存在を許容している貴族はあたし達グリネイド家を含めても少数派なのよ。

 力ある亜人、己の力にプライドを持つ亜人。更正が望めないほど凶暴な亜人。そういう亜人を生かしておいて、いざ人間に牙を向いてしまえば、結局亜人は、人間とは相容れない存在だとして、他の貴族から反発を買うことになる。

 そうならないためには、人間と共に歩める亜人と、それが不可能な亜人を選別する必要があるのよ」

「俺達に、そんなことをする権利があるのだろうか?」

「権利なんていわれるとそんなものはないかもしれない。だけどこれだけは覚えておいて。現状、こうすることでしか、人間と亜人は手を取り合えない。危険な亜人は排除するしかない。そうしなければ、平穏を作ることはできないのよ」

 ――まるで果物の仕分けだ……

 零児は心の中で吐き捨てた。しかし、アマロリットが言っていることも理解できないわけではない。

 しかし、納得することを拒否している。どんなに正しくても、心がそれを理解することを拒否している。

 だが、同時に納得せざるを得ないことも確かだ。

「零児……」

 自分が言っている事が、即座に理解できるものでないことは、アマロリットも理解している。

「綺麗事じゃ……なにも救えないのよ……」

 それでも、アマロリットはそう告げるしかなかった。

「わかってる……」

 否。わかってるつもりだった。

 頭の中では。

「わかってるなら、やることは1つでしょ? それとも、もう闘わないつもりなの?」

「そんなわけねぇ……」

「なら、今はこんなところでボーっとしているわけにはいかないでしょ? 納得いかないのはわかる。だけど、こうするしかないのも事実。その事実を受け入れるか受け入れないかは、この戦いの中で考えなさい」

「ああ」  零児は静かに頷いた。

 そして、アマロリット、アーネスカ共々、シェヴァの背に乗る。

 シェヴァの手綱を零児が握り、シェヴァは漆黒の闇へと再び飛び立った。



 ――今まで……俺はずっと考えてきた。人間と亜人が手を取り合う方法。そのために俺に何ができるのか……。

 しかし、それは結局の所戦いに身を投じることにしかならない。結局命を懸けて戦《いくさ》を交えることでしか、答えを出すことができない。

 亜人は人間を憎んでいる。理由はわからない。しかし、わからないならばそう言う存在だと認識するしかない。そんな存在と自ら手を取り合おうというのだ。簡単にはいかない。それくらいは零児だって理解している。

 だからエルノクにきた。戦う以外の方法を求めて。

 しかし、答えは結局の所戦うことだった。

 零児はもう命を奪いたくはなかった。命を奪うことのない戦いを求めていた。それができれば、きっと己の過去と向かい合うことができると思っていた。

 命を奪う以外の、新しい人生を歩み出せるのではないかと考えていた。

 零児にとって最大の悪は『死』だ。

 自分が死ぬことも、誰かが死ぬことも嫌だった。

 何が正しくて何が間違っているのかなんて人それぞれだ。しかし、自分なりの正義だけは失いたくはないと思う。

 だから零児は人の命を奪うことを拒否する。

 しかし、命を奪うことに正義があるというのなら、それに対してどのような答えを出すべきなのか。

 零児にはそれがわからなかった。

 正義と悪。その境界線の答え。そんなもの簡単に見つかるわけがない。そもそも答え《そんなもの》ないのかもしれない。それでも零児は問わずにはいられない。

 自分がどう動くのが正義なのかと……。

「それにしても……どうしたのかしら。アルト姉さん……」

 零児の背後で、アマロリットが呟く。

「何が?」

 アーネスカがその呟きに対して問いかける。零児は無言で聞いている。

「あたし達がアルト姉さん達と分かれてからもう大分経ってる。アルト姉さんには精神感応の能力があるから、ある程度離れていても連絡が取り合えるはずなんだけど……」

「その魔術が使える有効範囲とか決まってたりしないの? 一定距離離れると効果がないとか」

「わからない。仮にそれがあったとしても、姉さんほどの魔術師なら、亜人1人探し出すなんてそんなに難しいとは思えない……」

「姉さん……」

 そこで今まで無言だった零児が静かに呟いた。

「……いい予感はしねぇな」

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